風ふくまで

いつもクルマのことばかり考えています

花街の記憶

緩やかな下り坂を歩いていると、赤いシャツを着た5つくらいの坊主がこちらへ向かってきた。正面にはサッカーボールの画がプリントしてある。
坊主は、我々の前で立ち止まるや、後ろを振り向き、路地の奥へと進んでいく。
話しかけようとした途中でそっちへ行くものだから、おい待てよとばかりに、ボクは自ずと追いかけた。
坊主は急階段の前で止まり、「ここは昔、池だったんだよ。」とボクに伝えた。
それは誰に聞いたのかと尋ねると、
坊主は「自分」と耳元でつぶやいた。
ボクは困惑した。

◆◆◆

さて、四谷荒木町がその昔、花街だった名残はそこかしこに点在するバーやスナックが具に物語るのだが、奥の窪地が池だったことはあまり知られていないと思う。
実に残念なことだ。
マァ、歴史に忠実な解釈をするとこうだ。「奥の窪地に池があり、東京のど真ん中にしては風光明媚な場所だったため、結果的にその周辺には茶屋や遊郭が軒を連ねた」
・・・とすれば、坊主の言う、「ここは昔、池だったんだよ。」説は正解だ。
正面の急階段とそこから繋がるコンクリート断崖は池の端であろう。
歩いてきた緩やかな下り坂辺りが芝居を見に来た官僚たちの入口で、
坊主が駆け廻っている辺りが遊女が舞い踊る宴会場なんかなのだろう。
と、華やいだ過去に想像を巡らすうちに、
僅か数十年の内に「昔、池だった」という言葉に片付けられるほど、
人間の夢や営みはもろく儚いものだと強く感じられた。